取り繕われた密室 3

「なんで管理人が鍵を持っていないんだろう?」
普通、管理人は各部屋の鍵を持っているはずなのに。

ゲートが開き若い男性が出てきた。続いてロングヘアに
厚化粧の女装した人が出てきた。
私はかつて元夫から、管理人はトランスジェンダーだと聞いていたので、
ひと目でわかった。
「管理人のクリスさんですね。お電話した秋代です。」
私は管理会社から聞いた「クリス(男性でも女性ででも使う)」
という名前を使った。
彼女は「クリスティーよ。」と訂正し、「さっきも言ったように
これから会社に行って鍵をもらってくるわ。もうちょっとまっててね。」
そう言ってかなり疲れたふわふわのスリッパを履いたクリスティーは
横断歩道を渡って行ってしまった。

ずーっと日陰で待ち続けたので、トイレに行きたくなった。
となりのコーナーストアに入りペットボトルの水を買い、インド人の
店員に「トイレを使わせてて」というと、店の奥を指差した。
「ありがとう!」言われた方向に歩いていった。
飲み物の入っている大きな冷蔵庫の後ろにある通路の奥にトイレがドアが見えた。
裏で働いていたもうひとりの店員が、「ここは立入禁止だよ。」と
私に声をかけた。「レジのお兄さんがいいって言ったよ。それに私
これ買ったし。」と買ったばかりの水を見せると、「OK」と言った。
man in black jacket standing near display counter
急いでアパートのゲートに戻ると、20代前半の黒い髪、黒いコート、黒いシャツ、黒い
ジーンズ、いかついダークマーティンのブーツ、ちょっと剥げかけた黒いマニュキュア
をしたゴスファッションの痩せたお兄さんが人待ち顔で立っていた。
最初はバスを待っているのかと思ったが、バスが来ても乗ることなく、
そのまま立っていた。
「誰かを待ってるの?」と声をかけた。
近くによると2日ぐらいシャワーしてない人のような匂いがした。

「管理人にアパートを見せてもらう事になってるんだ。」
お兄さんが答えた。
空き部屋があるのか?だからさっき一緒に出てきたんだ。と納得がいった。
「管理人さんならさっき本社のオフィスに行ったよ。私も彼女を
待っているの。べつにアパートを探しているわけじゃなんだけど。」
ライバルだと思われないように気を使ってこんなふうに言った。
彼も手持ち無沙汰だったらしくしばらく二人で雑談を交わした。

この建物は市庁舎、裁判所、オペラハウス、図書館などに近く、便利なところだ。
バス停は目の前だし、地下鉄の駅も近い。ただ治安はそれほど良くない。
ホームレスが歩道にテントを張っている。
道路のむこうに低所得者の居住区がかなり広くつながっている。
戦前、日本町に近かったこのエリアは、日本人、日系人が多く住んでいた。
しかし戦時中、日本人(一世)アメリカ生まれの日系人(二世、三世)は強制収容所に収容され
彼らの残された家財は没収された。政府は空き家になったところにアフリカ系アメリカ人を誘致し、
たとえ強制収容所から開放されても日本人及び日系人が再び大きなコミュニティーを
持てないように計画した。今では個性のない醜いベージュ色のコンクリート製2階建ての建物が
延々と続く低所得者住宅がサンフランシスコ日本町を取り巻く。

お兄さん曰く「ここのアパート結構安いんだよ。今は友達のところに居候してるけど
そろそろ自分の居場所を決めなきゃいけないんだ。」
そんなふうに話しているとクリスティーが帰ってきた。

「会社から鍵をもらってきたわ。本来なら他の職員と二人で行かなければ
いけないんだけど、今回は一人でいってもいいって許可をもらってきたの。
あなたはもう離婚しているので、家族とは言えないので外で待っててもらいます。」
と冷たく言い放った。

この国では離婚した元配偶者は法律的にはなんの権利もない赤の他人でしかない。

隣りにいたゴス兄さんは「2時にアパートを見せて貰う約束なんですが。」と
クリスティーに話しかけた。クリスティーは携帯で時間を確認し、慌てた調子で、
「ごめんなさい、悪いけどもうちょっとまっててね。」と言いながら中に入っていった。

続く

 

 

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