不登校ーうちの場合

「子供が不登校で悩んでいる。自分だけこんな楽しいところにいては申し訳ない。」

と友人に言って仕事を辞めた人がいるらしい。

余りにかわいそうだ。

大切なところが逆転している!

お母さんが幸せじゃなかったら、子供は何を見習えばいいの?

子供が悩んでいるときに、自分が一緒にドヨーンと落ち込んだら

子供だって立つ瀬がないじゃん。

私がデブになったので

子供にダイエットさせる?

理不尽でしょう?ダイエットするのは私、娘じゃない。

若い子はそうそう太らない。(昔はそうだったと遠い目をする私)

おおっと、話がそれた。

うちの子の不登校

うちの子も不登校、ドラッグ、ボーイフレンドとの同棲を

高校1年から3年の間やらかしてくれた。

彼女は行ったった高校が合わなかった。

余りに自由過ぎた。生徒も先生もみんな芸術家!

それがどんなカオス(混沌)を生み出すか?

サンフランシスコ学区には芸術専門の高校があり

(School of Arts) 絵をかくのが大好きだった長女は

小学4年生の時にこの学校のことを知り憧れていた。

入学試験はポートフォリオと呼ばれる作品の審査と

試験官の前での素描をするオーディションとに分かれる。

ポートフォリオのために私は家庭教師を雇い

既定の絵を描かせた。

試験当日、娘は泣きながら帰ってきて、返された

作品をびりびりと破いていた。

私は何があったのかと尋ねると、作品が未完成だと言われ

テストに落第。

何が未完成なのかわからない彼女に試験官は、背景が描かれていないと指摘したそうだ。

第2次募集で作品を再提出すれば受かる可能性もあるとのこと。

「じゃあ、描き足せばいいじゃん!」

家庭教師と相談して作品を全部描き直させた。

オーディションでは好成績を残しているので、再提出した作品で

見事合格した。

まではよかったのだが。。。

この学校の校風があまりにも自由で、

生活指導の先生もまったくやるきがなく、

娘が学校に来ていないのに親には全く連絡なし、

彼女の不登校は彼女が一週間も家に帰ってこなくなるまで

発見されなかったのだ。

毎朝、長女を学校の前で降ろして、次女を中学校に連れてゆき

そのまま出勤していたので、子供たちはバスに乗って

帰ってきていた。かぎっ子たち。

宿題は自己責任なので頼まれない限り手伝わない。

まあ、当時はサルサのティームに入っていて、夜な夜な

出かけていたので、私の監督不行き届きと指摘されたら

ぐぅの音もでないけど。

あとで聞いたところによると、学校からボーイフレンドの

家に行き、そこでゲームをしたり、マリファナを吸ったりして

時間を過ごし、あたかも学校から帰ってきたようなふりを

つづけていたそうである。

まったく困ったものである。

一週間家に帰ってこなかった時には、大慌てで

行方不明の届けを出しに地域の警察署に行けば、

全然取り合て得もらえず、あきれて、ほかの警察署に行ったり、

いい勉強をさせてもらった。

結局、家に帰ってきても毎日学校に行かないで

ボーイフレンドのところに行ってしまうので、

ボーイフレンドを家で引き取り、彼には

仕事をするか学校に行くか決定させることにした。

わたしとしては、あくまで目の届くところに居てくれたほうが

安心だった。ソーシャルワーカーの友人に相談するといろいろ言われたが、

「私が今必要としているのは批判ではなくサポートなの。」と

正直に言うと、「じゃあ頑張ってね」と励まされた。

その時な私が考えられる最適の解決策だった。

ボーイフレンドは仕事をしても続かず、うちでビデオゲーム

に明け暮れ、娘のコンピューターを売り払って自分の小遣いにするような

奴だった。私が市立大学の入学手続きを手伝ったのだが、結局

何もせず、娘は近くのピザ屋でバイトをしながら彼を養っていた。

ついに切れた私は、このままの状態では誰のためにもならないので、

残念だが、彼には自分の親元に戻るように伝えた。

唯一彼に感謝することは、娘にちゃんと高校を卒業するように

勧めたことだ。

彼自身も親のコネで入れるサンノゼ市の公共交通機関の運転手に

なるために、尿検査で引っかからないように、マリファナを半年

断つ決断をし、娘は真面目に学校に行き始めた。

私も娘と学校に行き進路指導の先生(実は友達の友達で顔見知り)に

面談し、卒業するために何をするべきか、どのクラスを取るべきかとかを

はなしあった。

余りに出席日数が少なく、夏休みの間町の反対側(バスで1時間以上かかる)にある高校の

サマースクールに行かなくてはならなかった。

彼女はいろいろな先生と交渉して、未提出の作品を仕上げたり

下の学年の生徒に交じって必須科目の単位を取ったりして、

どうにか卒業にこぎつけた。お金のなかった私の代わりに娘の親友の

お母さんがプロムの参加費を出してくれて、女の子二人で高校最後をむかえた。

ただ、卒業の単位がまだ終了していないので卒業式にはいけなかった。

卒業証書が行方不明

高校4年のサマースクールで卒業証書が発行されるはずがなかなか

送られてこない。

業を煮やした私と夫は公立学校区に問い合わせた。

8月から大学の授業が始まるのに高校の卒業証書がないのではこまる。

幸い夫は本部の近くに住んでいるので日参して、一体娘の卒業証書は

どこにあるのかと問ただした。

School of Artにあるはずだと学区のほうから言われて学校に問い合わせると

うちにはありませんという返事が返ってくる。

一年半、娘は心を入れ替えて、一生懸命頑張ったのに卒業証書は一体

どこにあるんだと叫びそうになった。

最終的に、サマースクールでいった高校の校長先生が持っていることが判明。

娘と夫で卒業証書をもらいに行った。

周りがいくら言っても、本人が自覚し

納得しなければどうにもならない。

不登校もそう。

なんでもそう。

親としてできることは、子供の英知を信頼すること。

自己責任でがんばってねー!

助けが必要ならいってね、できることはするから。

「お母さんはあなたのことを信頼してるわ。」と伝えること。

自分の機嫌は自分で取ること。

自分がドヨーンと落ち込むのはじぶんのせい。

子供や夫のせいにしない。

そんな背中を見て子供は安心していろんな経験を

積めるんだろうなと思う。

大人になった娘たちはわかってくれてる。

「うちのかッ飛び母ちゃんは結構カッコいい」

さすが私を選んで生まれてきただけあって強者です。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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