サンフランシスコ住宅事情
サンフランシスコはアメリカで1番か2番目に家賃と家の価格が高い街。
フェイスブック、Twitter、Apple, グーグル、有名企業が集まる
シリコンバレーで働くIT関係の若者が、地方公務員である私の何倍も稼ぎ、
家を購入し、アパートの家賃を引き上げ、空き地、古い建物は全て
コンドミニアム(マンション)になっていく。
大型のマンション・賃貸住宅を建てる時はその10%を低所得者の為に
解放しなくてはならないという条例があるし、レントコントロール
(大家は決まったレート以上の家賃を引き上げルコとが禁止されている)が
あっても、多くの家族がこの町に住むことを諦めて、出て行く。
長女は友人宅に月に650ドル(約6万5千円)で間借りしている。
キッチン、トイレ、シャワーは共同、その上すごーく不便な町外れ。
私も月に2000ドル(約20万)以上のアパート暮らし。今は小さい方の部屋をゲイのカップルに
又貸ししている。(最初は一人だったのだが、突然結婚して、うちに同居することになった。)
トイレの蓋は必ず閉めるようにと訓練した。
もう直ぐ60歳になろうというのに、家もなく、アパート住まい。
この町にいる理由はなんなんだろう?
サンフランシスコに住む理由
子供達が小さい時は、公立学校で日本語のクラスがあるのは
サンフランシスコの学区だけだったのでここに住む必要があった。
その上、LGBTの親と教師のためのサポートグループがあるのも
当時はサンフランシスコだけだった。
中学、高校も日本語のクラスがあったので、ここに住んだ。
仕事も市内。子供達は朝は学校まで送るが、帰りは自分たちでバスを乗り継ぎ、
かえってくる。
夫の伯父は子供達にとっては、祖父のようなもの。彼が生きている間は
いつでも会いに行けるように市内に住まなくてはならないと思った。
でも、今は?
子供達には高校を卒業したら、自立せよと言って育てた。
長女は、高校卒業してすぐ、仕事を見つけた。
私の働くサンフランシスコ市立大学でクラスを取り始め、
高校時代の親友の家に間借りした。
次女は南カリフォルニアの私立大学に行き家を出た。
卒業後は、ボーイフレンドとサンディエゴに住んでいる。
ふっと気づいたこと。もうこの町に執着しなくてもいいんだ。
子供達の為、仕事の為という理由はもう手放してもいいんだ。
![](http://oheso-akiyo.com/wp-content/uploads/2018/08/casey-horner-607366-unsplash-200x300.jpg)
サンフランシスコは素敵な街。大好きな街。私の生活の基盤はここ。
でも、新しい土地にも住んでみたい。住めば都。環境適応能力はあるはず。
どこにいくかはわからないけど、宇宙に導かれていくだろうと信じている。
再婚して、どこか遠くの国とか。。。
私は限りなく自由だ。色々理由をつけて自分を縛っていたのは
わたし自身だった。
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